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2016年7月3日日曜日

日本語能力試験お疲れさまです


どんな気分ですか。

今日はリラックスできますね。

試験は受かった方がいいけど、試験勉強ばかりが勉強じゃないよね。

次の日本語能力試験は少し先だから、夏の間、日本語で本を読んだり、日本人といっぱい話したり、ニュースを聞いたりしてほしいな。

昔から、外国語をマスターする人たちは、そうやって勉強してきました。

一冊の本を読めば、その中に読解も語彙も文法もあります。語彙や漢字も、コンテクスト context と一緒に覚えるのが一番。

いっぱい話をすれば、その中に、聴解も会話表現もあります。

検定試験は、きっと皆さんの将来に役立つでしょう。

でも、それは目標ではなく、手段ですよね。

語学自体が、ほとんどの人にとって、手段でしょう。その言語を使って、何をするかが大切です。

例外は、語学の教師や言語学者、通訳や翻訳家といった、言葉の専門家たち。彼らにとっては、言語自体が目標のようなものですが。

結果を待ちながら、落ち着いて勉強を続けましょう。



2016年6月20日月曜日

英語と論語 2



英語を小学校から導入するかどうか議論していたとき、こんな意見がありました。

母国語がちゃんとできるようになる前に外国語か?
自分の国の言葉をやるのが先じゃないのか?

お答えします。

国際結婚などで両親の母語が違う場合、現在では多くのカップルが、それぞれの母語で子どもに話しかけるのが普通です。そして、子どもは自然にバイリンガルになります。子どもたちの知的発達には何の問題も認められていません。

もちろん、話すこと、聞くことと書くことは別ですから、書き言葉は、また別に学習しなければなりませんが。

二つの異なる言語体系を知っている子どもは、3つ目を学ぶときも、あまり抵抗がないようです。

また、これもかなり前から知られていることですが、外国語を学ぶときは、一つだけではなく、いくつも並行して学ぶと効率的だそうです。私自身は経験がありませんが、ヨーロッパの友人の中には、3か国とか5か国語を話せる人がざらにいます。

ちなみに、母国語がちゃんとできるって、どういうことでしょうか。

私は日本語の教師として、日々勉強に努めてはいますが、完成には至りません。いつになったら、「ちゃんと」できるようになるのやら。

それでも、文部省の日本語教育能力試験、つまり日本語教師としての正式な資格は持っております。

小学校5,6年の子どもは、とっくに母国語ペラペラです。ちゃんと、ペラペラです。




2016年6月18日土曜日

日本語能力試験、がんばって

JLPT、日本語能力試験。2016年一回目は7月3日(日)に迫っています。

先生も学生も追い込みに入ったのでは。

N1を受けるにせよ、N2を受けるにせよ、N3を受けるにせよ、語彙や文法は、今まで習ったものを復習することに時間を使いましょう。自分一人でで勉強する時は、これから新しい問題集などに手を出さないことです。

今まで自分が書いたノートがあればそれを見直し、忘れたところがないかチェックしましょう。これまで勉強してきた参考書をもう一度見直しましょう。

今まで勉強したことを全部覚えていたら、さらに新しいページに進んでもいいでしょう。

聴解や読解は、毎日一問づつでもできるといいですね。

今まで何もしていなかった人は、もちろん、これから急いで準備を始めるわけですが。

肝心なのは、とにかく最後まで諦めないこと。

うまく行きますように。

2016年6月16日木曜日



「語学の勉強って、どうせ、暗記でしょ。」

そう言う人は、語学が苦手な人に多いようです。

なるほど。語学を暗記だと思ってしまったら、勉強大変だよね。面白くもないし。

語学学習には、コツがあります。膨大な時間を注ぎ込んで、一つ一つ記憶するより、その言語を理解するのが重要です。

「覚える」ことは必要ないと言うつもりはありません。理解すれば、覚えるのも速くなるのです。

一つの外国語に出会ったら、その言語の論理と生理を掴むことです。

言語を動物にたとえてみましょう。動物をつかまえるために、毛を一本づつ引っ張ってもしょうがありません。胴をつかむのです。そうした上で、毛や指を見るのです。

そのためには、その動物がどのように振る舞うのか、よく観察しましょう。

言葉は生き物です。一つの言語には、論理もあり、論理では測りきれないノリみたいなものもあります。

それが掴めたら、毛や爪を覚えるのも速いです。

言語を勉強する時こそ、洞察力や推察力をフル回転させることです。暗記しないであてずっぽうで答えろと言っているのではありません。

文法事項を学ぶとき、背後にどんな大きな法則があるか見極める、と言ったらいいでしょうか。

ごくわかりやすい例で言うと、英語でcanという助動詞が出てきたとき、後に続くのは動詞の原型だと習いますよね。そうしたら、次に他の助動詞を習うとき、後にはやっぱり原型が来るだろう、と、そのくらいは誰でも推察しているのではないでしょうか。

言語はまた、人間が作ったものです。作った人の気持ちになってみましょう。どうしてそうなるのか?がわかるような・・・気がしてきたら・・・しめたものです。